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欧米社会の根底にあるもの、それはカースト制 その3

前回では近代言語学発生の経緯と、インドヨーロッパ語族発祥の地がウクライナの平原であることまでを述べました。

何千年もの昔、インドヨーロッパ語族の祖先達は、ウクライナの平原から中央アジアのステップ地帯において遊牧の暮らしをしていたのです。

彼らの中から西に向かった集団は、ある者は南下してイタリアやギリシャに侵入し、古代文明を築き上げました。

またある者は北上し、北欧やイギリスでヴァイキングになったのです。

これとは別に、東から南に向かった集団もいます。その一部は今のイランに侵入し、偉大な古代ペルシャ帝国を創建しました。

またインドに侵入した人々はバラモン教をもたらし、土着のドラビダ人の上に君臨し統治しました。

このインドに侵入したインドヨーロッパ語族の集団を一般にアーリア人と呼びます。

ここで、この論考のキーワードの一つである、『アーリア人』が出て来ました。

このアーリア人なる言葉は、近代において歴史の荒波に揉まれた言葉です。

近代言語学が発達し、イランインド及びヨーロッパという広大な範囲に広がる言語が共通の祖語に基づくという考えが広がりました。

それに連れて、この言語集団を一つの民族として捉えて、アーリア人と呼ぶ呼び方が広がったのです。

何語を喋っているということと、人種とは本質的に無関係です。

アメリカでは白人も黒人もモンゴロイドもいますが、みな英語を話しています。

しかしこの言語学上の概念を、人種にまで押し広めたのがあのナチスでした。

アーリア人こそが最も優秀な民族であり、その中でもとりわけ優秀なのがゲルマン人であり、だからこそ自分たちドイツ人が世界を支配する権利を有する主張したのですね。

そのことを根拠にセム語系のユダヤ人を、彼らがインディッシュ語というドイツ系の言語を話しているにもかかわらず、アーリア人ではないとして虐殺したのです。

余談ですが、ナチスがホロコーストしたのはユダヤ人だけではロマ、所謂ジプシーの人々も含まれました。

このロマの人々は、中世に北インドから流浪してきた民族集団で、ヒンディー語に近い言語を話しているとされます。

皮肉なことに、アーリア人の優秀性を唱えたナチスは、ある意味最も純粋なアーリア人であるロマを劣等民族として虐殺したのですね。

さて話しを戻すと、戦後に於いてこのアーリア人という言葉には、ナチスの負のイメージがつきまとったため、学術的にはインドヨーロッパ語族と呼ばれるようになったのです。

もっともナチスとは縁が薄い古代インド史においては、インド北部に侵入した集団をまだアーリア人と呼んでいるのです。
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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