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欧米社会の根底にあるもの、それはカースト制 その11

ここで話しをドイツに戻します。

先程ナチズムもコミュニズムも同じだと書きましたが、相違点もあります。

ヒトラーはドイツの経済を立て直しましたが、スターリンは何千万人もの人々を虐殺し、その後共産党政権は戦争に勝利したにもかかわらず経済を破綻させました。

ナチスが崩壊した戦後も、「ヒトラーには世話になった」と懐かしがる老人は多かったそうです。

この違いはどこから出てくるのでしょう。その前提として東西両ヨーロッパの社会の違いについて考えてみましょう。

西ヨーロッパも東ヨーロッパもともにキリスト教社会です。

ただ前者は主にローマ教皇を中心とし、カソリックとそれと袂を分かったプロテスタントによって構成されています。それに対して後者は正教徒です。

この東西両教会の分裂は、日本人にはその理由が分かるようで分からないのですが、所詮は所帯が大きくなればこんなものではないでしょうか。

図体が大きくなれば何かと意思の疎通が困難になり、その結果として意思の統一がなされず、なし崩し的に分裂するという全ての組織に見られる一般現象だと思います。

ただ結果として後生に大きな影響を与えたことがあります。それは典礼言語のことです。

カソリックはラテン語を、正教会は教会スラヴ語を使用しています。

ラテン語は古代ローマ帝国の公用語ですが、教会スラヴ語の起源は比較的新しく9世紀頃のことです。

語学の才能のあるギリシャ人の兄弟がスラヴ人に布教に出かけ、そのさいスラヴ語表記のためにギリシャ文字を基にグラゴル文字を作りました。

これが弟子達によって発展され、ブルガリアでキリル文字が出来たのです。

現代でもロシア語の文献を目にすると、Rがひっくり返ったような文字が目に飛び込んできますが、これがキリル文字です。

このキリル文字はスラヴ系の言語を表記するのに大変優れているらしく、そのためスラヴ系の民族は比較的早く自らの言葉を書き表すことが出来ました。

そこで正教会では教会スラブ語を典礼に用い、各種文献もギリシャ語からスラヴ語に翻訳しました。

またスラヴ人は国語が一つあることに自らの教会を持つことになったのです。ブルガリ正教やロシア正教などですね。

そう考えると、西ヨーロッパではラテン語が死語になっても共通語であり続け、ドイツ語を始めとした各国語の正書法が確立したのは宗教改革で聖書を自国語に翻訳した時です。

その言語の差が、歴史的にある重要な役割を果たしたのではないかというのが私の仮説です。

それはルネサンスに関してです。

古代ローマの言語であるラテン語が長く残ったため、西ヨーロッパではキリスト教に染まる以前の古代ローマ文化が甦ったのです。

キリスト教はアブラハムの宗教に属し、砂漠の民が産みだした神と人間との峻厳な二元対立を特徴とします。

それに対して古代ローマは人間中心の生き生きとした文化です。多神教であり、ある意味ヒンズー教に似ているのではないでしょうか。

つまり西ヨーロッパは、キリスト教とルネサンスが文化や社会の二本柱となったのです。

これに対してラテン語の伝統が途絶えた東ヨーロッパには、ルネサンスが起きませんでした。

この差異が西ヨーロッパが共産化しなかった要因の一つではないでしょうか。
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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